「論理的思考力」を育てる教科横断の挑戦
9月18日に3年生の国語科と数学科による少し変わった教科横断授業を行いました。今回の特徴は、「国語と数学を組み合わせた一つの授業」を行ったのではありません。同じ教材を使って、数学科の先生は「数学の授業」として、国語科の先生は「国語の授業」として、それぞれ授業を行いました。題材にしたのは、大学入学共通テスト「数学Ⅰ・A」の確率の問題です。数学の問題を国語の授業でも扱う。一見すると少し不思議に感じるかもしれません。しかし、今回注目したのは「数学ができるか」「国語ができるか」ということではなく、そのさらに上にある「論理的思考力」です。
数学の問題は、本当に「計算」だけで解いている?
例えば、問題の中に「1回目または2回目に当たる」という条件があったとします。
この文章を、
「①1回目で当たる」
「②1回目は外れ、2回目で当たる」
と分けて考えることができれば、その後の数学的な処理はずっと行いやすくなります。ここで必要なのは、単なる計算力ではありません。
文章から条件を読み取り、情報同士の関係を整理し、必要な場合に分け、その構造を自分なりに表現する力です。
これは数学だけに必要な力でしょうか。国語で文章の構造を捉えるときにも、実は非常によく似た思考を使っています。そこで今回は、同じ問題に対して、数学では「読み取った条件を、どのように数式や場合分けにつなげるか」国語では「文章に書かれた情報を、どのように整理し構造化するか」という、それぞれの教科の視点から生徒の思考に迫りました。
同じ教材を、国語と数学でそれぞれ授業
授業では、生徒に問題を解かせるだけでなく、問題の状況を図に表したり、条件を自分の言葉で言い換えたりする活動を取り入れました。そして、文系クラスと理数科クラスの答案を分析し、生徒が問題をどのように読んでいるのかを比較しました。すると、とても興味深い違いが見えてきました。
「数学が得意=文章を正確に読める」とは限らない
今回の分析で特に興味深かったのは、「数学的な処理能力」と「文章の条件を丁寧に読み取る力」が、必ずしも同じではなかったことです。例えば、問題の条件を正しく捉える設問では、
文系クラス 約94%・約97%
理数科クラス 約60%・約66%
という結果になった項目がありました。数学の学力だけを見れば理数科の方が高いにもかかわらず、文章に書かれた条件を丁寧に捉える場面では、文系クラスの方が高い正答率を示したのです。一方で、条件を数学的に処理し、一般化して答えを導く場面では、
理数科クラス 約37%
文系クラス 約6%
となり、今度は理数科の生徒が大きく上回りました。つまり、「文章を正しく理解する力」と「理解した内容を数学として処理する力」は、同じものではありません。今回の授業では、その違いが生徒の答案からはっきりと見えてきました。
生徒が描いた「図」にも違いが
さらに興味深かったのが、生徒が問題を理解するために描いた「構造図」です。理数科の生徒には、樹形図や○・×、確率の記号などを使って、問題の情報を素早く「数学の形」に圧縮する傾向が見られました。一方、文系クラスでは、登場人物や箱を描いたり、「1回目 → 2回目 → 3回目」というように時間の流れを残したりしながら、問題に書かれた場面を具体的に整理する生徒が多く見られました。どちらが正しいということではありません。理数科の生徒は、文章を早い段階で「数学」に変換することを得意としている。文系クラスの生徒は、文章に書かれた意味や状況を残したまま整理することを得意としている。同じ問題でも、教科で培ってきた「考え方」が生徒の表現に現れていることが分かりました。
同じ「間違い」でも、中身は違う
答案を詳しく見ると、誤答の中身にも違いがありました。理数科の生徒には、問題の条件の一部を十分に確認しないまま、すぐに数学的な計算へ進んでしまうケースが見られました。一方、文系クラスでは、問題文の意味や状況を理解するところまではできていても、そこから数式や確率計算へ変換する段階で止まってしまうケースが見られました。答えだけを見ると、どちらも「不正解」です。しかし、どこまで考えられていて、どこでつまずいたのかは全く違います。この違いを明らかにできたことも、今回の実践の大きな成果でした。
教科を越えるのは「内容」ではなく「思考」
今回の授業を通して見えてきたのは、国語と数学には、それぞれ異なる教科の専門性がありながら、その根底には共通する「思考」があるということです。文章から必要な情報を取り出す。情報同士の関係を整理する。条件によって場合を分ける。根拠をもとに判断する。そして、自分の考えを他者に分かる形で表現する。こうした力は、国語だけのものでも、数学だけのものでもありません。今回の実践は、教科の内容を無理に組み合わせるのではなく、「論理的思考力」という共通する資質・能力を軸として、それぞれの教科から生徒の思考を育てようとする試みです。
「国語の先生」と「数学の先生」が同じ答案を見る
今回、教員にとっても大きな学びがありました。数学の教員から見ると「ここで場合分けができていない」という答案も、国語の視点から見ると「文章の意味までは正しく捉えられている」と評価できることがあります。反対に、数学的には正しく答えられていても、問題文の条件を十分に捉えないまま、経験的に処理していることが見える場合もあります。一人の生徒の答案を、異なる教科の教員が異なる視点から見ることで、これまで気づかなかった生徒の強みやつまずきが見えてきました。教科を越えて授業をつくるということは、単に二つの教科を組み合わせることではありません。「生徒はどのように考えているのか」を、教科の壁を越えて一緒に考えることなのかもしれません。本校では今後も、各教科の専門性を大切にしながら、「論理的思考力」をはじめとする生徒の資質・能力を、学校全体で育てる授業づくりに取り組んでいきます。

